民法及び家事事件手続法の一部を改正する法律(平成30年法律第72号)による改正で、相続法分野が大幅に見直されました。
今回は、このうち令和元年7月1日から施行された「遺産分割前の相続預貯金債権の払戻制度」について見ていきます。
遺産分割前の相続預貯金債権の払戻制度が創設された背景には、最高裁平成28年12月19日大法廷決定が深く関係しています。
最高裁平成28年12月19日大法廷決定
最高裁平成28年12月19日大法廷決定の裁判要旨は、次のとおりです。
共同相続された普通預金債権,通常貯金債権及び定期貯金債権は,いずれも,相続開始と同時に当然に相続分に応じて分割されることはなく,遺産分割の対象となる。
従前は、預貯金債権が可分債権として遺産分割の対象とならないとされていましたので(最高裁平成16年4月20日小法廷決定)、債務名義があるときなどは、遺産分割が未了のままでも一部の相続人からのその者の相続分について払戻しに応じる金融機関がありました。
しかし、最高裁平成28年12月19日大法廷決定により、預貯金債権が遺産分割の対象になるとされたことで、遺産分割が未了の状態では、一部の相続人からの払戻しができなくなったことから、葬儀費用や入院費の支払いのために預貯金の払戻しの必要があったとしても、遺産分割が成立するまで預貯金の払戻しができないという新たな問題が生じてしまいました。
そこで、上記問題に対応するため、遺産分割前の相続預貯金債権の払戻制度が創設されることになりました。
遺産分割前の相続預貯金債権の払戻制度
遺産分割前の相続預貯金債権の払戻制度は、2種類あります。
① 遺産の分割前における預貯金債権の行使(民法909条の2)
遺産の分割前における預貯金債権の行使は、預貯金債権の一定割合について、家庭裁判所の判断を経なくても払戻しを受けられるようにする制度です。
民法第九百九条の二 (遺産の分割前における預貯金債権の行使)
各共同相続人は、遺産に属する預貯金債権のうち相続開始の時の債権額の三分の一に第九百条及び第九百一条の規定により算定した当該共同相続人の相続分を乗じた額(標準的な当面の必要生計費、平均的な葬式の費用の額その他の事情を勘案して預貯金債権の債務者ごとに法務省令で定める額を限度とする。)については、単独でその権利を行使することができる。この場合において、当該権利の行使をした預貯金債権については、当該共同相続人が遺産の一部の分割によりこれを取得したものとみなす。
具体的計算例
相続人:長男A、二男B
相続財産:甲銀行300万円、乙銀行600万円
長男Aが単独で払戻しを請求することができる額
甲銀行 300万円×3分の1×2分の1=50万円
乙銀行 600万円×3分の1×2分の1=100万円
なお、単独で払戻しを請求することができる額の上限は、各預貯金債権につき150万円とされています。
② 預貯金債権に限り、家庭裁判所の仮分割の仮処分の要件を緩和する制度(家事事件手続法200条3項)
預貯金債権の仮分割の仮処分については,家事事件手続法第200条第2項で事件の関係人の急迫の危険の防止の必要があることが要件とされており、要件が厳格であることからこれを緩和するため、家事事件手続法第200条第3項が新設されました。
家事事件手続法第二百条 (遺産の分割の審判事件を本案とする保全処分)
家庭裁判所(第百五条第二項の場合にあっては、高等裁判所。次項及び第三項において同じ。)は、遺産の分割の審判又は調停の申立てがあった場合において、財産の管理のため必要があるときは、申立てにより又は職権で、担保を立てさせないで、遺産の分割の申立てについての審判が効力を生ずるまでの間、財産の管理者を選任し、又は事件の関係人に対し、財産の管理に関する事項を指示することができる。
2 家庭裁判所は、遺産の分割の審判又は調停の申立てがあった場合において、強制執行を保全し、又は事件の関係人の急迫の危険を防止するため必要があるときは、当該申立てをした者又は相手方の申立てにより、遺産の分割の審判を本案とする仮差押え、仮処分その他の必要な保全処分を命ずることができる。
3 前項に規定するもののほか、家庭裁判所は、遺産の分割の審判又は調停の申立てがあった場合において、相続財産に属する債務の弁済、相続人の生活費の支弁その他の事情により遺産に属する預貯金債権(民法第四百六十六条の五第一項に規定する預貯金債権をいう。以下この項において同じ。)を当該申立てをした者又は相手方が行使する必要があると認めるときは、その申立てにより、遺産に属する特定の預貯金債権の全部又は一部をその者に仮に取得させることができる。ただし、他の共同相続人の利益を害するときは、この限りでない。